やっぱり艦はこの角度
この角度ってどの角度よ、って、この角度(41KB)ですよ。もう少し正面に寄っても良いかも。このくらい(49KB)。
3月11日(金)に行った、YOKOSUKA軍港めぐりで撮った写真です。またしても自分で驚くほどの枚数を撮ったわりと、あんまり気に入るものが無かったのですが、背景を含め一番綺麗に納まっているものがたぶんこの写真です。この艦の中央付近、艦橋のところに少し色の薄い六角形の箇所が分かりますでしょうか。これがイージスシステムです。艦を見て、この六角形があればイージス艦、なければまあ普通の軍艦と、そう判断出来ます。艦番号89は米海軍第7艦隊の駆逐艦マスティンですね。後部は少し高い位置に飛行甲板があるようです。たぶん、シーホーク用。この艦は現在は仙台沖にて活動しています。
イージス機能を搭載した艦は世界中でも100隻程度しかありませんが、そのうち米海軍が80隻、海上自衛隊が6隻、保有しています。横須賀港では米海軍と海自の両方を見ることが出来ます。
また、陸地からは見えにくく停泊している米海軍空母ジョージワシントンをこのクルーズではこれでもかというほど見学できます。ただし、停泊しているかどうかは運次第。以前、私の親が空母の見学をしたいときに横須賀市役所に電話したら多少の予定を教えては貰えたみたいですが、基本的には機密情報なので、行ってみてのお楽しみですね。それから、呉のアレイからすこじまと同様に、ヴェルニー公園からは潜水艦も見放題です。潜水艦は良い。この日は目刺しで2隻、停泊していました。
このヴェルニー公園というのは、いわゆるお雇い外国人のヴェルニーさんが名前の由来です。彼は海運技術者ですが、灯台の建設にも関わっており、近くの観音崎灯台も彼が関わっています。灯台に関しては、ブラントンさんもいますが、ヴェルニーさんはフランス人、ブラントンさんはイギリス人なので、レンガの積み方が違います。フランス積み(正式にはフランドル積み)とイギリス積みは、全愛知県赤煉瓦工業協同組合HPの絵が分かりやすいでしょうか。私はちょっとおしゃれな感じがするフランドル積みのほうが好みです。
現在、横須賀港には艦はあまり停泊していません。みんな出払っています。行き先は、主に仙台沖です。
私が乗ったのは12時出港の船でした。料金は大人1200円。職場の同僚男性3名と4人で乗りました。このうち後輩1名は観艦式の予行も一緒に行った仲です。横須賀本港から長浦港まで吾妻島をぐるりと一周、約45分で戻って来ます。自衛隊の皆さんも心得たもので、恐らくそういう指示が出ているのでしょうけれども、手を振ると手を振ってくれます。桟橋で作業していた手を止めて、笑顔で手を振ってくれた若者が、今は仙台沖にいるんだぜ……
同行者の一人は戦闘機大好きオヤジ、もう一人は観艦式も一緒に行ったわりと何でもアリのカメラ小僧ですから、私も気兼ねなくマニアな写真を撮りまくりました。少し寒かったですが非常に天気が良く、船内ではなく当然、船室の上に出て、です。案内のアナウンスはとても面白かったです。しゃべりがとても上手くて内容も濃く、色々勉強になりました。降りるときにご本人を拝見しましたが(船内にいたら喋る姿を見られたはず)、非常に好感の持てる好青年でした。軍港めぐりの公式サイトでは、案内人のプロフィールも見ることが出来ます。全体的に面白いサイトです。「よくある質問」まで面白い。チケットも、いろんなデザインがある(74KB)のでこれだけでも楽しい。4枚買って4枚とも違うデザインでした。ちなみにこのチケットの写真の手タレは私ではなく同行した戦闘機大好きオヤジで、右上に写りこんでいるのが軍港めぐりのポスターです。
その後はお約束の海軍カレー、私は実は横須賀の海軍カレーは食べたことが無かったので、かなり楽しみにしていました。レトルトすら買ったことが無く、本当に横須賀のは初めてです。海軍カレーは呉でも食べ損ね、江田島のレストランで食べてきました。
船に乗る前にクレープをしっかり食べてしまったので、カレーはちょっと少なめのものにしました。けっこう辛かった。食べたお店はハングリーボーイです。ここのネイビーバーガーのレシートを軍港めぐりのチケット売り場にて提示すると、乗船料が10%OFFになります。乗ってからこれを知ったので、今回軍港めぐりを提案してきた横須賀市民を、残りの3名で睨んでおきました。ま、ネイビーバーガー、食べてませんけどね。
昼食をとったヴェルニー公園近くから、同僚の車で三笠公園近くまで移動したら、駐車場の前にもカレー屋があり、良く分からないからヴェルニー公園近くで空いているお店を探したのに……となんとなくガッカリ。ちゃんとパンフレットを持っていたくせにそれに気付かなかった横須賀市民をこづきながら三笠公園に入りました。そしたら「記念館三笠は全面塗装中です」という張り紙が。前半分が塗装用の覆いを被されていて、足場も組まれていて、カッコいい雰囲気は台無し。見学料金は据え置き500円。またしても横須賀市民を調査不足だとこづき、それでも気を取り直して、記念館三笠の見学を中途半端にしました。何故中途半端かというと、地震が起こったからです。
1436に三笠の前にある主砲砲弾を撮った写真がありますので、艦内へ足を踏み入れたのは1440くらいだと思われます。見学順路通りに下に降り、係のおっちゃんがバルチック艦隊との戦いについて熱く語るのをひたすら聞きました。艦首の錨のついている場所とその理由とか、装甲の解説とか。それから、わりとすぐ最初の地震がありました。地震だと気付くのに揺れ始めてから30秒以上かかりました。午前中に軍港クルーズで散々揺られていたうえに、艦の中にいたため、揺れていることに対して疑問を持つまでが長かったからです。船は揺れていないほうがおかしい。止まっているエスカレーターで酔うみたいな感じですね。危機感はまるでありませんでした。
幸か不幸か、大きく揺れる艦のラッタルを昇り降りするのは、観艦式の予行で何度もやっていたのでまったく苦になりませんでしたが、さすがにちょっと頭上を気にしました。しかし、地上設置とはいえ、古くともやはり軍艦は軍艦、丈夫なものです。びくともしません。揺れることを前提にした作りなので当たり前ですが。ただ、塗装用に組まれていた足場はガタガタいっていて落ちたりしないか心配になりました。
揺れが収まった後、引いていく海をのんきに艦尾から撮影した写真(66KB)があります。1507です。潮位が下がった分現れた濡れた石は、地震の前には見えていなかった部分です。20cmくらい引いていました。沖へ向かう海面の感じはちょっと分かりにくいのですが、眺めていても波が寄せて返すというよりも、早送りで干潮になるのを見ている感じでした。その後、もう一度大きな揺れがあって、海はまた一段と引いて行きました。潮位ってこんなに劇的に変わるものなのかと、東郷平八郎が指揮を取っていたというポジションから、なんだか感心しながら眺めていました。
そんな観察してないで逃げろよって話なんですが。遠くなければ、この危機感の無さではあっさりお陀仏間違いなしです。
実際に何があったわけでもないので予告無しの避難訓練をしていた程度に過ぎませんが、大きな地震があったようだということしか分かっておらず、避難指示を出されても何がなんだか。ただ、海保の巡視船がものすごく緊迫した様子で大津波警報について拡声器で伝えていて、それが一番危機感を感じました。いつも、そこで釣りするなーくらいのことしか言わない巡視船がマジだったから。
そのくせ海から離れればまた私はのんきモードでして、停電した街をあちこち写真に撮ったりしながら帰りました。たったの50kmを移動するのに8時間もかかり、ラジオから次々入る情報にビビリながらも、タイムリーすぎる京急田浦駅前の看板(53KB)で笑ったり。停電して線路上に放置された京急の車両とか、下がる途中で止まったままの遮断機とか。しょうもない。
後になって反省したのは、あのとき横須賀市民を帰宅させたことです。彼の家は砂浜が見えるほど海辺なのです。海岸からはずっと平地です。大津波警報が出ている、停電もしている、自宅と連絡がつかない、家族が心配だと言う彼を、帰してはいけなかったんです。結局津波は来なかったけど、帰してはいけなかった。これは心底反省しています。