割引美人

妄想と事実を区別せず遠慮なく垂れ流し

彼はひとりじゃなかった

2011.10.24 Monday[23:40] - -

 会社からの帰り、ズールーのZとゴルフのG、日本人は聞き分けにくいからついつい「ゼット」なんじゃないのという話から、無線の話になりまして、30分ばかりずっと同僚と無線の話をしていました。その同僚は父親が庭に小さい鉄塔をたてちゃうくらいにアマチュア無線をやっていて、子供のころから身近だったそうです。私はたいして無線のことは知らず、高校生のときに無線部の活動を毎日見ていたので、なんとなく様子を知っているというくらいです。あとは、遠出したときに立派なアンテナをつけている車がサービスエリアで待ち合わせの連絡をしている現場を見かけたり、子供のころに行ったスキー場でゴツいリュックのおじさんたちがわいわいやってるとか、その程度です。25年ほど前は、スキー場で無線を持っているひとがちらほらいて、私がひとりでぷらぷら上級者コースへ向かっていると「そっちの山の裏側は吹雪いてるってよ、嬢ちゃん」なんて、ギーギーガーガーノイズだらけの無線を片手に声をかけてくるおじさんがいたりしました。あれは私が美少女だったからでしょうか。
 冗談はさておき、25年前は私にとってハムというものは頭が良くて機械に強いひとがやっているちょっとなんかカッコいい感じでしたが、それが高校生の頃には、無線なんて暗い男の子の趣味だと思うようになっていました。いやちょっとは興味あったのですが、機械をいじってにまにま笑っている男の子の集団に混ざれる程の度胸も無く、毎日ちらちらと眺めているだけでした。部室、射撃部と無線部は同じところを使っていたので。
 こっちが真面目に銃を構えて静かに集中しているすぐ側で、数人で真冬でも元気よく窓を開けて「JA1A……」とやってました。先輩たちが卒業してから部員はたったひとりになってしまい、それでも彼は毎日のように部室に来てギーギーガーガーやってました。相手が見つからないのか30分もしないですぐ帰ってしまうときもあれば、機械をあれこれアンテナをあれこれいじくりまわしているだけのときもあるし、数時間楽しそうに何かブツブツ言っているかと思えば、何があったのか急に少し大きな声を出してブツっと切ってしまうときもありました。
 その頃の私には、知らない誰かに呼びかけてお喋りすることの何が面白いのか全然分からず、いつも一人でいる彼は、あれで楽しいのかなあ、先輩たちもいないのに、後輩も入って来ないのに、よくやるなあ、毎日毎日、と思っていました。無線の機械は代々使っているものなので古くて大きくて、彼はきっと彼なりに多少は気を遣っていたのだと思いますが、とにかくノイズが酷くて、彼が喋っている声は良く届き私がJA1以下略を覚えてしまう程でした。相手の話している内容が分かるほどに鮮明には聞こえず、ほんとにいったい何をしているのか、ちっともさっぱり理解出来ずにいました。
 でも今日、同僚と話をして、そうだねラグチューってのは2chとかtwitterみたいなものなのよね。今なら分かるわ。いや、彼が無線を楽しんでいたその本当のところ、何が楽しかったのか、目的は何だったのか、私は何も理解出来ていませんけれど、そう、知らない誰かを探してとりとめの無い話をするというのは、うさんくさい暗い趣味じゃない。なんというか世界が広がる楽しさだ。彼はひとりで何かをしていたわけじゃなくて、ちゃんと相手がいて一緒に過ごしていた。彼は全然、ひとりじゃなかった。
 平日の夕方はいったいどんなひとたちが無線で誰かを探していたんだろう。付き合いのある他の高校の無線部と話すことがあるというのは先輩から聞いたことがあるけれど。ガラス瓶に手紙を入れて海に流すような、風船にハガキを付けて飛ばすような、世界中で誰かが誰かを探して両手を開いている。実にロマンチックかつ堅実で現実的な遠い遠いノイズの中に聞こえる誰かの声、それはどんなに聞き取りにくくても美しい音楽よりも心地よく彼の耳に届いていたのでしょう。腹立たしげにヘッドフォンを放り投げたりもしてましたが。
 電源を落として上着を着て鞄を持って、その様子が目に入ると我々は銃を下ろして彼が通れるようにする、彼は会釈なんだかなんなんだか分からん程度にちらとこちらを見るような見ないような無愛想な態度でさっと横切って部屋から出て行く、あの姿をいつもひとりでなんだか寂しいもんだと思っていた私の身勝手さが恥ずかしい。彼はいつも誰かと一緒だったのにね。分かった気になっているこの状態も恥ずかしいけど。

 余談ですが、真面目に部活中の射撃部と無線部の様子を見た生徒会の友達に「狙撃兵と通信兵」と言われました。

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